第42話 ビンはマリリン・モンロー

ビンはWAFIMALL内にあるカフェ「ポール」の向かい側にあるブティクの販売員スタッフ。フィリピン出身の若い女性で夫や子供はフィリピンにいた。

 

 私は英会話を楽しむため彼女の店をよく利用した。

行くたびに服やアクセサリ-、バック等を買うわけにいかないので、ポールのケーキや近くのイギリス系スーパーM&S(マークス&スペンサー)のクッキーとかを差し入れ仕事の邪魔にならない程度に一緒にいた。

 当ブログにたびたびビンのことを書いたが、彼女は我夫の仕事の危機を救ってくれた恩人だった。それについては後で書くこととする。

 

 ビンと親しくなるうち、夫の出張に我が家に泊めた時のこと。

まず、プールに案内。しばらくして彼女はプールサイドに腰掛け歌を歌いだした。

するとプールにいた男性が、例えは悪いがワニのようにすーっと3名歌声に引き寄せられるようにビンのまわりに寄ってきた。

 聞くとビンの母親はフィリピンで歌手だったとか。母親譲りの美声だった。

プールの後我が家へ。

シャワーを浴びた後、うれしそうに彼女が自撮りの写真を次々と見せてくれた。

なにこれ?!!(@_@;)

バスタブに石鹸を泡立て色っぽくくつろいでいるではありませんか!!

それはあの有名なマリリン・モンローを彷彿させるものだった。

 

日頃ルームシェアをしているビンは1泊を存分に楽しんでいた。

そんな彼女をみてるといろいろなことを気づかせてくれる。

自分が原点に戻るような・・・。

 

ビンには忘れられない言葉がある。

フィリピンの友人をお招きするとよく写真をパチパチ撮る。

私が写真を避けると理由を聞かれ「かわいくないから写真は苦手」と言うと

彼女が言った。

「神様はみんなかわいく作っているのよ」

こんな言葉が普通に出るなんて。

また、フィリピンに残している幼い子供のこと心配?と聞くと

「神様が守っているから大丈夫」と言う。

それからしばらくして、私も縁あってドバイの聖書勉強会に参加させてもらった。

 無事に海外生活が送れたのは彼女たちの影響は大きい。

 

ぜんぜん話変わるが、ある日私が会話に躓くと「日本で学校出たでしょう?」😅

なんて言われた。かと思うと私が間違った個所を私の携帯にそのフレーズを録音

「歩きながら聞いてね」と言う。

仕事場ではドバイ、ロシア、アメリカ、ヨーロッパ人のマダムに声掛けする際

「マダム」その一言でもイントネーション?を変えるとか。

 

フィリピンでは英語を学ぶ目的は卒業後、海外で働くための手段と。

そのハングリーな姿勢に頭がさがる思いがした。

 

ビンとの出会いを神様に感謝!!

 

 

*58歳の英語の話せないオバサンの3年間(2011年3月~2014年

3月)のドバイ生活の記録です。  

*国際コミュニケーション キーワードは ・度胸 ・好奇心 ・サービス精神